新潟地方裁判所 昭和40年(わ)377号 判決 1965年8月16日
被告人 小林達夫
大一一・九・二八生 洋服仕立業
主文
被告人は無罪
理由
一、本件公訴事実
被告人は新星商事株式会社より債務を負担し、その担保として、昭和三七年一一月二一日新潟市寄居町字広小路下三四二番地甲、乙、一、同番地甲、乙、三所在の養父小林岸太所有にかかる木造瓦葺二階建一棟について、根抵当権設定登記をしていたものであるが、同建物の一部をハツピーミシン販売株式会社に賃貸したため改造することを決意し、小林岸太と共謀のうえ、右抵当権設定登記がされており、又右新星商事株式会社より右建物につき現状変更禁止の仮処分決定がなされているにもかかわらず、昭和三九年一月一五日ころ浅妻国作等をして右建物のひさしを破棄し木柱一本を切り取り、よつて物権を負担している小林岸太所有の右建造物を損壊したものである、として刑法第二六〇条前段、第二六二条に該当するものとして起訴されたものである。
(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 被告人は、新星商事株式会社から貸金債務を負担しており、その担保として、昭和三七年一一月二一日小林岸太所有にかかる公訴事実記載の新潟市寄居町字広小路下三四二番地甲乙一・甲乙三、家屋番号三八番、店舗兼居宅、木造瓦葺二階建一階二四・五八坪、二階一九・五〇坪(昭和三七年五月二四日表示変更、同三八年八月一〇日増築登記により現在、同町字善四郎新田三四二番地二・三四二番地四店舗兼居宅、木造セメント瓦葺一階二七・五五坪、二階二六、五四坪)(以下本件建物と略記する。)につき、根抵当権者新星商事株式会社、債務者被告人、債権元本極度額四五〇万円とする根抵当権設定登記が経由され、現存していること。
(2) 被告人は、昭和三八年五月一日本件建物につき、ハツピーミシン販売株式会社と賃貸借契約を締結し、同社の販売店舗形式に模様替えをするため、本件建物の表側道路に面する店舗及び被告人ら居宅用部分全面にわたるパラペツト(飾胸壁)工事を施す目的とそれに伴つて居宅用部分に出入口を設ける意図から、本件建物につき前記債権者新星商事株式会社申請により現状変更禁止の仮処分命令が発せられていたにも拘らず、昭和三九年一月一五日ころから大工湯浅国作らをして同建物のひさしを取り除き、木柱一本を切り取つて工事をしたこと。
二、当裁判所は後記三の理由により、被告人の本件所為は建造物損壊罪に該当しないものと考えるが、弁護人の前提的主張もあるので、その主張にそうて判断していくこととする。
(一) 弁護人は、まず、前記根抵当権は昭和三七年一一月二二日新星商事株式会社に対し七五〇万円を支払い全額弁済しており、かつ、同社の被告人に対する与信契約もその後解約されたので実質上消滅している旨屡々主張しているのであるが、前掲各証拠及び新潟地方法務局登記官作成の閉鎖登記簿謄本を総合すると次の事実が認められる。
(1) 被告人の養父小林岸太は、その所有にかかる新潟市寄居町三四四番地の一(但し登記簿上の表示で当時の町名地番は、同市西堀通六番町八七二番地)所在の木造瓦葺三階建店舗兼居宅(以下旧建物と略記する。)を、昭和三七年一一月二〇日新星商事株式会社の仲介により清水建設株式会社に対し、代金二、〇〇〇万円、明渡期限同三八年五月三一日とする売買契約を締結した。
(2) 新星商事株式会社は、被告人らの移転先として本件建物とその敷地を買受けた上、昭和三七年一一月一〇日小林岸太に売渡し、そのころそれぞれ所有権移転登記手続(中間省略)及び前記根抵当権設定登記手続をしたが、同社が本件建物と敷地を購入するため支払つた代金六五〇万円については、岸太から一切を委任されていた被告人間に、被告人に対する貸金と合せ、前記旧建物の売却代金中から決済することを合意されていた。そして同年一一月二二日清水建設株式会社より小林岸太に対し売買代金内金として一、〇〇〇万円の支払いがなされたため、新星商事株式会社は即日同人から本件建物と敷地の代金及び被告人に対する貸金の一部返済として受領した。
以上の事実から考えると、右七五〇万円は本件建物とその敷地代を含むものであつて、被告人の貸金のみに充当さるべきものではない。ところで、新星商事株式会社の被告人に対する貸金の総額及び本件当時における未済金額については貸借当事者間にかなりの喰い違いがあり、明瞭でないが、未済金額を確認したという前掲念書(甲第五号証)による四八〇万円はさておき、被告人の当公廷における供述によるも、被告人自身約二九万円(利息制限法所定の計算による。)の債務が残つていることを認めているので、少くとも前記根抵当権の被担保債権たる貸金債権の残存は明らかである。とすると、前記根抵当権設定登記は有効に存続していることもいうまでもない。
(二) 次に弁護人は、本件建物は被告人一家の移転先及び旧建物の各賃借人の移転先として買受けたもので、斡旋業者たる新星商事株式会社もその目的を了知して確保したものであるから、被告人がハツピーミシン販売株式会社にその一部を賃貸し、本件所為にでたことは当然の権利行為として建造物破壊罪に該当する余地はないと主張する。前記各証拠に証人野崎敏道の第五回公判調書中の供述記載を合せ考えると、前記旧建物にはハツピーミシン販売株式会社外三名が、各その一部を賃借し、店舗ないし住宅として占有していたため、旧建物の売却に当つては右各賃借人の明渡しが必要であつたが、一部賃借人に対してはその交渉に難行していたところから、その移転先につき被告人も本件建物を考慮し、特定の対象者を定めず入居設計案も作成し、昭和三八年に入つてから本間建設株式会社代表取締役本間隆平(当時新星商事株式会社取締役を兼務し、旧建物及び本件建物等の売買につき、被告人との間に主たる交渉相手となつていた。)に改造工事を依頼したことがあつたこと、本間との右改造工事契約については結局具体化せず、本間も建設業者たる立場で依頼を受けていたところから、張順鎮には話していなかつたことが認められる。
右事実によると、被告人としては本件建物の一部を前記一部賃借人の移転先としても考慮していたことが認められるが、前記の如く旧建物の売買代金によつては結局新星商事株式会社との間の全債務が清算されず、その後念書(昭和三八年六月二五日付)の差入れもあつたものの履行されなかつたこと及び引き続く被告人の本件建物に対する増改築工事に対し、新星商事株式会社としては前記根抵当権が害され、その満足がえられなくなるとの不安から、再三にわたる仮処分命令が申請されその発令があつたことが認められるので、本件建物の工事につき、新星商事株式会社が貸金債権弁済の有無に拘らず承認していたものとは到底認め難いといわねばならぬ。
三、次に被告人の本件所為が建造物損壊の所為に該当するかどうかについて考える。
(1) 本件パラペツト工事(未完成)の状況
前記各証拠を総合すると本件建物は元豆腐屋の店舗兼居宅として使用されていたものであつて、間口約九・二メートル(五間相当)、店舗部分はコンクリート土間で表側はガラス戸になつており、居宅部分は表側に格子戸があり、店舗部分を通じて出入りするようになつていた。右各戸の長さはほぼ等しく、その中心部に本件の切り取つた柱(検証調書付属図面(イ)表示の個所にあつたもの)があつた。本件工事により店舗部分の間口は約五・五メートル(三間相当)(但し居宅部分には影響のない仕切を除去して拡張)となり、表側全面に約五五センチメートルの等距離で店舗部分を拡張(従つて階上及び居宅部分は未完成)し、居宅部分表側は格子戸を取り外してガラス戸の出入口を設け、その一端で店舗部分に接する個所に前記切り取つた柱の代りに角柱を設け(前記図面(ロ)表示の個所)、表側ひさしを除去し、全面を補強してパラペツトを工作したものである。同工事の実日数は約六日間で、大工の延人数は約三五人、工事経費総額は約四〇万円で、本件建物の外観、内容とも未完成ではあるが一応の手当がなされ、その他の付随工事と相まつて改良されており、除去部分の家屋構造に対する悪影響はないことが認められる。
以上の事実から考えると公訴事実記載の除去部分を含む本件工事は増改築工事であつて、従前の使用区分を害せず、建物本来の用法にも影響なく、その使用価値、交換価値を増大せしめているものと認められる。
(2) 結論
本件工事はハツピーミシン販売株式会社との賃貸借契約に基づくものであつて、本件ひさしの除去及び柱の切除は同工事の一過程にすぎないものである。従つて被告人の右所為が建造物の損壊行為に該当するかどうかについては、工事の目的、設計、過程全体を通じ、本件建物の本来的用法の異同、使用価値、交換価値等効用の増減及び負担する物件の性質等を考慮して決定すべきところ、同工事は建物の保存または修繕に必要な工事とは異なり、また右賃貸借も締結上やむを得ない事情は認められず、しかも前記現状変更禁止の仮処分命令にも違反する不法なものであつて、担保権者の意思に反することも明らかであるが、本件犯行の対象たる建物は被告人の父の所有であり、かつ、被告人ら一家が居住利用しているもので、その負担する物件も根抵当権であること、そして前記工事自体は増改築工事で、本件建物の用法に従つた使用価値、交換価値を増大せしめていること前認定のとおりであるのみならず、被告人も右増改築による変更部分については増築登記の意思もあり(過去の工事については増築登記がなされている。)、いたずらに抵当権の実行に紛議を生ぜしめる意図も認められないのであるから、被告人の本件所為をもつて本件建物の効用を毀損し、担保権者の権利を害するものとみることは相当でない。そうだとすると、被告人の本件所為は前記法条にいう損壊に当らないものというべきである。
よつて本件公訴事実はその証明がないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 高山政一)